今日は朝から良い天気でしたねぇ。
日射しは強かったですけど、乾いた風が吹いてたので、心地好かったです。
それはともかく、3月7日付けのブロクhttps://okinawa-rail.hatenablog.jp/entry/2020/03/07/191821に2008年にパノラマカーの撮影に夢中になったと書きましたけど、今日はその時の事を書きましょうか。
2008年は金山橋(現在の金山)を境に、西側の新岐阜~金山橋間は600ボルト、東側の金山橋~豊橋間は1500ボルトと架線電圧の違いから運転が東西に別れてた名古屋本線が、架線電圧を1500ボルトに統一して東西直通運転を開始してから60周年にあたり、5月17と18日に翌年の引退が決定してたパノラマカーを使用した「名古屋本線東西直通60周年記念列車」が運転されました。
この頃はJALの経営破綻など航空業界では暗いニュースが続いてて空港へ行っても楽しくなくて徐々に旅客機を撮影しなくなってた処に、引退が迫るパノラマカーを使用した記念列車が走ると聞いたので沸々と撮影意欲が沸いてきましたねぇ。
で運転当日に先ず向かったのは島氏永駅から岐阜方に少し歩いたカーブの入口辺りです。
ここは過去にパノラマスーパー等を撮影した事がある勝手知った場所なので、そこで撮影しようとしたのですが、既に多くの撮り鉄がいて立錐の余地もないので急遽島氏永駅の反対側の直線区間を田圃を挟んだ位置から撮影する事にしました。
結果これが正解で、田圃にはやや少ないですけど水が張られてプチ水鏡になりました。
ただ編成の前後に全く余裕がなくて窮屈な画になってしまったのは失敗でしたねぇ。
余談ですけど、練習で撮影したミュースカイ8両編成は余裕でフレームに収まってました(笑)
東西直通運転記念列車は岐阜~豊橋間を一往復するので、当然岐阜行きも撮影するつもりなので、豊橋から戻って来る時間を使って次の撮影場所に移動です。
その移動途中に中部空港から新可児へのパノラマカーの急行が1本あるので、それをJR熱田駅付近で撮影しました。
豊橋から戻って来る岐阜行きの記念列車撮影に選んだ場所は呼続駅で、呼続駅の豊橋方先端からは下り勾配を駆け下りて来る姿が良いし、何よりこの駅で撮影してる人を見た事がないので、穴場だと思ってたのですが、既に何人かの撮り鉄がいて、休鉄してる間にメジャーな撮影場所になったの?と驚きました。
驚きましたけど、もう移動する時間が無いので、その方々の後方から300ミリフル望遠での撮影になりました。
下り勾配を駆け下りて来る姿が強調出来ましたけど、絞りが開放なので被写界深度が浅くてピントが甘くなってしまったのは否めません。
先に書きましたけど東西直通記念列車は2日間運転されたので、翌日も撮影に行きました。
先ずは前日と同じ島氏永駅付近ですけど、国府宮方に歩いた場所に完全に水が張られて稲が植えられたばかりの田圃があったのでそこにしたのですが、風も吹いてたので水鏡にはなりませんでした。
翌日も当然岐阜行きも撮影するので移動するのですが、豊橋行きは前日の教訓からJR熱田駅付近で撮影する事にしました。
実はこの場所、前日もそうでしたがメジャーな撮影場所と思ってんですけど、意外な事に誰もいなかったので、伸び伸びと撮影出来ました。
2日に及ぶ撮影ですけど、撮影したのは記念列車ばかりではないので、それらは明日にでも紹介しましょうか。
それでは。