今日の名古屋の最高気温は37.4℃で平熱以上でした。
私が通ってる整形外科だと、37℃あると院内に入れてもらえません。
入口で院内に電話してスタッフの誘導で救急搬送口…かつては救急受け入れもしてた病院でした…から直接処置室行きです。
あれ?気温から体温に話しが変わってますよ。
気温に戻して仕切りそう。
これだけ暑いと無がい貨車…屋根が無い貨車です…を改造したオープンデッキの客車に乗って川沿いの路線を走りたいですねぇ。
って、えらく具体的な事を言ってますけど、今日はそんな列車を紹介しましょう。
国鉄時代の1985年8月に現在は長良川鉄道になってる越美南線に無がい貨車トラ90000をオープンデッキ車に改造してそれを旧型客車に挟んで運行する「清流ながら」が運転されました。
これは前年の1984年に四国の四万十川沿いの予土線に同じように無がい貨車をオープンデッキ車に改造して旧型客車に挟んで運行する「清流しまんと」号が好評だった事から、名古屋鉄道管理局が廃止の危機に晒されてた越美南線の活性化策として運転した列車で、面白そうだったので撮りに行って来ました。
いやいや、廃止の危機に晒されてる越美南線の活性化策なんだから乗りなさいよ。
それではお待たせしました、「清流ながら号」です。
と書いておきながら気動車だったりするのはお約束ですね(笑)
越美南線、この頃は2両編成が標準だったと思われますけど、この日は3両編成で、増結されてるのは冷房付のキハ28です。
これがダブルエンジンのキハ58だと発電機が無いのでクーラーは使えません(笑)
さぁお待たせしました今度こそ「清流ながら」号です
撮影したのは半在(現在の八坂)~美濃下川(現在の大矢)間の第二長良川橋梁で、「第二」とあるように美濃太田から二番目に長良川を渡る橋で、この先も幾つか長良川を渡るので、オープンデッキ車はさぞかし気持ち良いでしょうねぇ。
現在はリニューアルされてマンサード屋根の小洒落た外観になったなぁ…と思っていたら、開業時の姿に復元されたってのが分かりました。Wikipediaより
清流ながら号の編成写真です。
走りを撮影した第二長良川橋梁から郡上八幡駅までは15kmありますけど、車で…一緒に行った先輩がすでにマイカー持ちでした…追い付けたんですねぇ。
牽引機は簡易線区用のDD16です。
手書きのヘッドマークが良いですねぇ。
因みにDD16 16は国鉄末期までは稲沢機関区に籍を置いてましたが、JR東海には継承されずに廃車になっています。
プリントで残ってたのはここまでで、以下はネガからの復活写真です。
DD16とオハフ46だけだと超ローカル線…実際超ローカル線ですけど…の普通列車みたいです。
オープンデッキ車はトラ90000からの改造で、荷台にテント張りの簡易な屋根を設けて、椅子とテーブルも備え付けられて、乗客が移動しても車両が傾かないように2トンのデットウエイトを積んで、台車の板バネも柔らかい物に交換されてたそうです。
因みに型式は貨車のままでトラ91000形です。
客車だと重量が26.4トン(荷重17t+自重9.4t)なので、重量区分は22.5トン~27.5トン未満のホ級で、普通車だからホハになりますね。
最後部のオハフ46には転落防止柵も兼ねてるのか貫通路を塞ぐように手書きのヘッドマークが取り付けられてました。
「清流ながら」号を撮影してしまえば他に撮る物は無いので、近くの鍾乳洞に行った覚えがあります。
この「清流ながら」号に使用された車両はJR東海に継承されて、96年まで飯田線のトロッコファミリー号で使用されていて、それを91年5月に豊橋駅で撮影してました。
どうやら豊橋到着後に入れ換えをしてるようで、入れ換え機はクモハ12でした。
ん?って事はクモハ12は片方の連結器は自動連結器に交換されてたのでしょうか?
それとも双頭連結器だったんでしょうか?
川沿いをオープンデッキ車で走るのは気持ち良さそうですけど、それは「普通の夏」で、昨今の平気で40℃まで上がる夏じゃ熱風を浴びて熱中症になってしまいますよねぇ。
そんな異常な夏真っ盛り…立秋過ぎてますけど…な明日の名古屋は38℃予想です。
うわぁ~
それでは。