気ままに、思いつくままに。

視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

土曜日 撮影紀行 1985年春の高崎機関区…序章、上野駅

今日はほぼ雲りの天気でしたねぇ。

明日は雨が降るそうです。


そんな天気の話しもそこそこに、今日は先日お知らせしました旅日記…と言う85年の春休み期間中に行われた国鉄高崎機関区の一般公開の様子をお届けしましょうか。


名古屋から高崎までは意外と遠くて、当日は一旦東京まで出て新幹線で高崎まで向かってます。


春休み期間中なので青春18きっぷが使えるのですが、当時は既に社会人で、加えて一緒に行った友人がお金に糸目に付けない人なので、新幹線や特急、急行の指定席を惜しげもなく使っての豪華な夜行日帰り旅行でした(笑)

 

それでは出発しましょうか。

 


高崎機関区に行ったのは85年3月31日の日曜日ですけど、名古屋は前日の「大垣夜行」340Mで出発しました。

春休み期間中なので「大垣夜行」は名古屋からは座れないので、大垣から乗るのが基本なんですけど、当時はまだ週休二日制は浸透してなくて、出発日の土曜日も仕事でしかも夜7時頃まで残業してたので、名古屋からも乗れずに…当時は名古屋発は21時44分でした…最終の新幹線で豊橋まで先行して、豊橋から340Mに乗ったのを覚えています。

因みに友人はしっかり大垣からグリーン車に乗ってました(笑)


大垣夜行は当時も東京到着が4時40分と早過ぎるので、記憶は曖昧ですが、上野駅で撮影した列車からおそらくは時間調整も兼ねて山手線外回りで上野に向かってるのではないでしょうか。

その上野駅で撮影した列車達を貼っていきましょう。

例によってプリントとネガスキャンの混合です。
汚いのがネガスキャンと思って下さいな。

 



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特急「ひたち」です。
「ひたち」は東北、上越新幹線上野駅に乗り入れた85年3月のダイヤ改正で、新幹線とは全く関係ないのにバッサリと廃止された急行「ときわ」を(注1)
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吸収して23往復に大増発されたので、不足した先頭車を九州に求めた為に60Hz車の証である赤スカート車のクハ481が勝田電車区に転入したので、50Hzの常磐線に赤スカート車が走ると話題になりました。

後年勝田車両センターに再配置されたE653系K70編成が国鉄特急色を纏ってましたが、私的には赤スカートのクハ481をイメージしたのではないかな?と思っています。
f:id:okinawa-rail:20210403172912j:imageWikipediaより



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ゆうづる」6号と新特急「草津」1号です。

85年3月ダイヤ改正前までは3往復あった電車「ゆうづる」はダイヤ改正で1往復だけになりました。
隣の新特急「草津」は上野~万座、鹿沢口間の列車です。

上野~万座鹿沢口間はダイヤ改正前までは特急「白根」3往復と急行「草津」1往復が走っていて(注2)
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草津」は東北、上越新幹線が上野に乗り入れた際には、新幹線リレー号が廃止されて余剰になる185系を使用して特急に格上げして「白根」に吸収される事が4年前から約束されてたのですが、新幹線が上野に乗り入れたダイヤ改正を迎え「草津」が約束通り特急に格上げされたら、「白根」の名が消えて「草津」の名が残るまさかの“下克上”が起きました(笑)

 

特急と同じ区間を走る急行が列車名ごと特急に格上げされて特急を吸収したのは「草津」ぐらいです。

 

因みに新特急とは85年3月ダイヤ改正で登場した新形態の特急で、グリーン車以外は全て自由席で、特急料金も通常の特急より100~500円ほど安くて、特急券を購入すれば定期券でも利用可能な特色がありました。

 

余談ですけど、「草津」1号は新前橋まで新特急「谷川」1号に併結されてるのですが、双方共に7両編成なので、14両編成になるので、先頭までの280メートルは歩きたくなかったようで、「谷川」のヘッドマークは撮ってません(笑)

 


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常磐線快速の103系1000番台です。

103系1000番台は常磐線から営団地下鉄(現、東京メトロ)千代田線乗り入れ用として製造されましたが(Wikipediaより)
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抵抗制御車なので、ブレーキ時に発生する熱でトンネル内が暑くなるなどの欠点があったので、回生ブレーキを装備してブレーキ時に熱を発生させない203系に置き換えられて地上に出て来ました。
f:id:okinawa-rail:20210403173610j:imageWikipediaより

写真は勾配がきつい地下鉄線に対応する為に先頭車以外は全て電動車の8M2Tの超強力編成を活かして、運転速度が高い常磐線の快速で新たな活躍を始めたばかりの姿なので、分かりにくいですけど、先頭車だけ常磐線快速色のエメラルドグリーンで、後ろは地下鉄線乗り入れ時代の灰色塗装のままです。

 


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エキスポライナーです。
1985年3月から9月まで茨城県つくば市で「つくば科学万博」が開催されていて、常磐線には観客輸送の「エキスポライナー」が運転されてました。

車両は常磐線の中距離列車で、この科学万博開催に合わせてそれまでのローズピンク一色塗りから(注3)
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白(クリーム10号)に青帯を纏った爽やかな姿になりました。

因みに珍しく型式が書いてありませんけど、これは400番台の交直流近郊型は型式が複雑過ぎて分からないからです(笑)

通風器が円形なので401系?

 

 


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205系です
205系103系に変わる新たな山手線用の車両として1985年1月にデビューしました。

制御方式は201系や203系が採用してるサイリスタチョッパ制御よりも安価で電力回生ブレーキが使える界磁添加励磁制御と呼ばれる新たな制御方式を採用してます。

それがどんな制御方式かを詳しく書くと長くなるのでここでは省略しますが、漢字は便利な物で、「界磁添加励磁」でなんとなく仕組みが分かるのではないでしょうか。

 



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京浜東北線103系です。
103系と言えばこの細長い運転席窓にアクセントでステンレス帯を付けた高運転台車ではないでしょうか。

上野駅では当然山手線の103系も撮れるのですが、何故か撮ってません。

 

 


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またまた205系です。
205系は85年1月に先行量産車として4編成が製造されて、これらは窓が下段上昇、上段下降式でした。

ネガを拡大すると運行番号が先に貼った205系と同じ69なので、どうやら先に貼った205系が山手線を1周する約50分くらい上野駅にいたようです(笑)

 


ネガを見るとこの205系を撮影してから高崎に向かってるようですけど、長くなったので…余計な事書き過ぎだよ…続きはまた明日にでも書きましょうか。


多分(笑)


それでは。

 

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注釈
1: 白根は1983年3月上野駅で撮影、165系は1985年1月川口駅で撮影。「草津」の写真がないので、「草津」と編成が同じ東北線の急行「なすの」で代用。
2: 1983年3月上野駅で撮影。「ときわ」の写真がないので、「ときわ」の間合い運用の普通で代用
3: 1982年8月上野駅で撮影。