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視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

土曜日 過去鉄…1987年秋の新疋田

今日は朝から良い天気でしたけど、時に急に曇って雨が降る冬の日本海側みたいな天気でしたねぇ。


そんな天気の話もそこそこに、今日は先日予告した通りに鉄道ブログ、秋の新疋田をお届けしましょう。

先ずは新疋田がどんな所かをざっくりと説明しましょう。

新疋田駅滋賀県福井県の県境に近い北陸本線の小さな駅ですが、ロケーションの良さから名撮影地として鉄道ファンからは親しまれてた駅で、名古屋からは120kmくらいの近さなので幾度となく訪れてました。

今日はその中から1987年11月に訪れてた時の撮影記です。

掲載は撮影順ですが、例によってプリントとネガスキャンの混合になるので、色と画質に纏まりが無い事だけはご承知おき下さいませ。

それではサクサク行きましょう

 

f:id:okinawa-rail:20211128004020j:image初手からピンボケの雷鳥です(笑)でもスローシャッターで流したようにも見えませんか?


f:id:okinawa-rail:20211128004111j:image特急「加越」です。
国鉄最後のダイヤ改正となる1986年11月ダイヤ改正で金沢運転所にボンネットのクハ481が配置されたので、ボンネット加越が登場しました。

f:id:okinawa-rail:20211128004147j:image上の「加越」の後追いです。
金沢方の先頭車は貫通型の200番台ですが、200番台の「加越」は初めて見た気がします。

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f:id:okinawa-rail:20211128004250j:image撮影当時は数少ない普通列車です。
新疋田駅に停車する普通列車米原行きと湖西線近江今津行きの2系統ありましたが、475系なので米原行きですね。

f:id:okinawa-rail:20211128004409j:image下り特急「加越」です。
「加越」は大阪からの「雷鳥」が湖西線経由になって米原を経由しなくなったので、その穴を埋める形で米原~金沢間の新幹線接続特急として1975年にデビューしました。デビュー当時から非貫通型の300番台が投入されていたので、加越イコール300番台ってイメージがあります。
それにしても、太陽高度が下がってる晩秋の午後なので、正面から陽が当たるとコントラストがキツイです。

f:id:okinawa-rail:20211128004502j:image上り特急「雷鳥」です。
特に記す事は無いです(笑)

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またまた上り雷鳥です(笑)
この日はメインターゲットが夕方近くなので撮影は午後からでした。新疋田駅は山間にあるので、晩秋の午後には構内には陽が当たらなくなりますが、背後の山には陽が当たるので、紅葉が綺麗でした。

f:id:okinawa-rail:20211128004633j:image上の雷鳥の後追いですが、最後部は運転台上のヘッドライトが2灯の1500番台なので、この「雷鳥」はJR東日本持ちの「新潟雷鳥」ですね。
ところでこの写真はカーブのカントで車体が傾く格好いアングルですが、実は映えを良くする為に大胆にトリミングしてありまして原版はこんなだったりします(笑)f:id:okinawa-rail:20211128004830j:image車体の傾きにつられてカメラが傾くのを「カーブの罠と呼んでます。

f:id:okinawa-rail:20211128004922j:image583系雷鳥です。
583系雷鳥国鉄時代の1985年3月ダイヤ改正で定期運行はなくなり、以降は臨時列車でしたが、JRに移行しても運転してたんですね。

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f:id:okinawa-rail:20211128005352j:imageEF81牽引のコンテナ列車です。
パンタが二つ共に上がってるので、湖西線に入る列車ですね。手前にボケてるのはススキですが、何がなにやら(笑)

f:id:okinawa-rail:20211128005428j:image上りの加越です。
「加越」は2時間毎の運転なので、新疋田に少なくとも2時間はいた事になりますね。
原版は縦構図ですが、車両が小さく写ってたので、上下を大胆にトリミングして横構図にしました。

f:id:okinawa-rail:20211128005517j:imageまたまた雷鳥です。30分毎に走ってるので、来るのは雷鳥ばかりです。

f:id:okinawa-rail:20211128005551j:image何気に初登場の「しらさぎ」です。
ススキと絡めてみましたけど、今一つですねぇ。
ところでこのクハ481-100番台、何かが足らないと思ったら、運転台上のライトカバーが外され砲弾型のヘッドライトと空気笛が剥き出しになっています。
こだま型ボンネット車の祖であるクハ151がデビュー当初のまだクハ26と呼ばれてた頃も砲弾型ヘッドライトは剥き出しでライトカバーはなかったので、先祖返りと言えなくも無いですけど、見慣れた物が無いと違和感有りまくりですねぇ。
この車両は「しらさぎ」なので金沢運転所(現、金沢総合車両所)のクハ481ですけど、向日町運転所(現、吹田総合車両所京都支所)のクハ481にもライトカバーが無いのがいたようです。

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f:id:okinawa-rail:20211128005658j:imageしつこく雷鳥です(笑)
撮影当時雷鳥にはサシ481から改造されたお座敷グリーン車の「だんらん」が組み込まれた編成がありましたが、この雷鳥にはその「だんらん」が組み込まれた編成です。

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f:id:okinawa-rail:20211128005815j:image上りの「しらさぎ」です。
米原方は自連剥き出しなのでクハ489ですね。
撮影して場所は線路脇の犬走りと呼ばれる場所で、今は立ち入り禁止ですが、当時はJRさん黙認で立ち入り可能でした。

f:id:okinawa-rail:20211128005848j:image米原から戻ってきた475系です。
この日はススキと絡めるのがブームだったようですが、どれも今一つですねぇ。

f:id:okinawa-rail:20211128005941j:image山間部なので霧が出た……訳ではなくて野焼きの煙が構内を覆い尽くして見通しが悪くなりました。


f:id:okinawa-rail:20211128010020j:image漸く来ましたこの日の本命、「サロンカーなにわ」です。
f:id:okinawa-rail:20211128010105j:imageEF81のヘッドマークはツアーのヘッドマークですが、ネガスキャンして拡大しても辛うじて「メイト」と読み取れるだけです。

f:id:okinawa-rail:20211128010150j:image構内には先の野焼きの煙がまだ漂ってるので、野焼きを始めるのが遅かったら、煙に覆われてましたね(笑)

f:id:okinawa-rail:20211128010328j:imageEF81が単機で来ました。

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f:id:okinawa-rail:20211128010509j:image大阪行きの特急「白鳥」です
大阪行きの「白鳥」が新疋田を通過するのは夕方5時くらいだったでしょうか。
撮影したのは晩秋なので、山間の新疋田駅構内は完全に陽が当たってなくて、当時はf5.6の暗いレンズを使っていてISO400フィルでも撮影出来るギリギリの明るさでした。
なのでアルバムに「白鳥」の写真が無いので撮影しなかったのかな?とネガを見ると多少アンダー気味ですけどしっかり撮影してるではないですか!
大阪方の先頭車は限界まで拡大してますが、青森方のボンネット車は小さくなってる訳でもなくて没にする理由が見あたらないのに、何で写真が残って無いのか、当時の自分を小一時間ネチネチ問い詰めたいです。


1987年秋の新疋田は以上でございます。最後までお付き合いありがとうございました。

新疋田駅撮影記は過去にhttps://okinawa-rail.hatenablog.jp/entry/2021/05/19/235800https://okinawa-rail.hatenablog.jp/entry/2020/05/25/222545https://okinawa-rail.hatenablog.jp/entry/2020/05/24/231027のブログで書いてますので、宜しければお読み下さいませ。

 

それでは。