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視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

火曜日 過去鉄…1985年東北本線 前編

今日の名古屋は午前中は良い天気でしたが、午後から曇りがちになりましたね。

そんな天気の話しもそこそこに今日は以前から予告してた「過去鉄、1985年東北本線」をお届けしましょう。

何やら壮大なタイトルが付いてるので、東北本線を全線走破したようにも思えますがそうではなくて、単にこの年の3月ダイヤ改正で廃止される東北本線高崎線の急行を、東北本線の大宮や川口駅で撮影してただけだったりします(笑)

長いので余計な事書いてないでさくさくっと行きますよ。

相変わらず写真とネガスキャンの混合なので、画質に纏まりが無い事はご勘弁下さいまし。

まずは大宮駅から
f:id:okinawa-rail:20220201185349j:image寝台特急はくつる」4号の回送です。
青森を日付が変わる直前の23時59分に出発、           
735.6km、9時間19分の激走を終えて上野に到着した583系は休息場所の東大宮操車場(現、大宮総合車両センター)に向かいます。スカートやスノープラウに残ってる雪が真冬の激走を物語っていますね。

大宮駅で撮影するのは初めてなので感覚が掴めず車両が小さくなってしまいました。

f:id:okinawa-rail:20220201185422j:image大宮駅を出発する455系です。
撮影当日の記憶が朧気なのでどんな列車かは覚えてませんが、ネガを見ると先の「はくつる」の回送に続けて撮影してるので、当時の時刻表から推測すると、急行「まつしま3号、ざおう1号」でしょうか。列車番号は急行「まつしま」3号の列車番号103Mと、急行「ざおう」1号の列車番号4403Mを合わせたような4103Mなんて時刻表には存在しないデタラメな列車番号を表示してますけどね(笑)
急行「まつしま、ざおう」は
東北本線の名急行で、仙台行きの「まつしま」と山形行きの「ざおう」が福島まで併結して走る列車で、その運転方式は現在では東北、山形新幹線の「やまびこ、つばさ」と同じですね。

f:id:okinawa-rail:20220201185957j:image東北本線東大宮~蓮田間を走る急行「なすの」です。
この列車長らく上りの上野行きだと思ってたのですが、前から2両目はグリーン車のサロ165なので、下り列車だと分かりました。
ところでサロ165と言えば窓上部にサンバイザーが付いた二連式の下降窓が優美なスタイルでしたが(82年11月 名古屋)
f:id:okinawa-rail:20220201185542j:image下降窓ゆえに雨水が車体外板内側侵入して内部が腐食、修理しても直ぐに腐食するので遂に修理を諦めて雨水が侵入しないユニット窓への交換が進められました。
その交換工事を熱心に行っていたのが大宮工場で、「なすの」を担当する新前橋電車区165系は大宮工場で全般検査を受けてたので、サロ165は全車がユニット窓に交換されてました。

先にちらっと書きましたが、急行「なすの」は上野~黒磯間の列車で、東北新幹線が上野に乗り入れる1985年3月ダイヤ改正で廃止になるので、その前に撮影しておこうとお正月2日に始発の新幹線に乗って名古屋から遠路はるばる蓮田まで来たのですが、ろくに下調べもせずに来たので良い撮影場所が分からずに、気が付いたら東大宮まで3.8km歩いてました(笑)
結果撮影したのは中途半端なこのカットだけなので、一体何しに行ったのやら……

ところで、永らくこのカットを撮影してから大宮駅に移動して先に貼った583系や455系を撮ったと思ってたのですが、近年発掘されたネガを見たら大宮駅が先で、このカットが後でした。
素直に大宮駅で165系も撮ってたら良かったのに……


次からは京浜東北線川口駅での撮影なんですけど、こちらも同じ日に撮影したと37年間思ってたのですが、ネガを見たら急行「なすの」川口駅の間に中央西線古虎渓駅名鉄ナゴヤ球場前駅で撮影したカットがあったので、お正月過ぎの別の日だと分かりました。

撮影日はおそらく1月13日だと思われます。

ではその鋳物の街、川口駅でのカットにいきましょう。
f:id:okinawa-rail:20220201190342j:image急行「まつしま」5号です。
そう断定出来るのは同じネガの5コマ後に後で紹介する特急「やまばと」2号が写ってるので、当時の時刻表1985年1月号
f:id:okinawa-rail:20220201190549j:imageを見ると「やまばと」2号に近い時間で走る下りの455系の急行は「まつしま」5号しかないからです。
その特急「やまばと」2号を撮影してる事でそれを基軸して当時の時刻表を見れば撮影した列車が容易に分かりました。

f:id:okinawa-rail:20220201190831j:image急行「なすの6号」です。
車両は新前橋電車区165系で、同区の165系には碓氷峠を越えて軽井沢まで入る運用があるので、重量が重い電動車を峠の麓側の横川方に集中させていたので、クモハが上野方を向いていて、通常とは逆向きになっています。
国鉄電車の向きに関しては書くと長くなるので、今回は省略します。比較出来る正方向を向いてる新潟運転所の165系も撮影してないですから。
ところで、随分と大胆な構図ですが、実はこちらが原板で
f:id:okinawa-rail:20220201190952j:imageこのようにクモハ165が1両にも満たない中途半端なカットので、ならば大胆にトリミングしてしまえ!と、ネガスキャンしてトリミングしたのを白状します。
因みに撮影当時の同時プリントがこちらですが
f:id:okinawa-rail:20220201191037j:imageこれ退色した訳ではなくて、当時からこんなくすんだ色でした。
ネガスキャンした方が綺麗な逆転現象が起きてます(笑)

f:id:okinawa-rail:20220201191136j:image下り黒磯行き普通559Mです。
先の「なすの」6号も1506Mと当時の国鉄には珍しく(笑)正しい列車番号を表示してるので、この日は東北本線を管轄する東京北鉄道管理局は正しい列車番号表示を徹底してたようで、これも撮影列車の特定に大いに役立ちました。

f:id:okinawa-rail:20220201191253j:image新幹線リレー」16号です。
1982年6月に開業した東北新幹線と、同年11月に開業した上越新幹線上野駅に乗り入れる計画でしたが、大宮から上野にかけては人口密集地を通過するので、激しい反対運動で用地買収が進まずに建設工事が大幅に遅れていたので、工事が進んでいた大宮以北を先行開業させ、大宮~上野間は在来線のシャトル列車で連絡する事になりました。
そのシャトル列車が「新幹線リレー」号で、車両は当時の国鉄本社運転局車務課補佐だった大熊孝夫氏の回想談によると、当初は新幹線の開通で余剰車が出る583系を想定してたそうですが、イメージアップを狙って新前橋電車区165系取り換え用に製造が進んでた185系200番台が抜擢されて、2次車として49両が追加で製造されました。
編成はグリーン車1両(リレー号使用時は高齢者、しょうがい者優先のシルバーカー)が連結された7両編成で、リレー号はそれを2本併結した14両編成でした。

f:id:okinawa-rail:20220201191503j:image上野行き普通572Mです。
ヘッドライトがシールドビームですがタイフォンがスリット状なので、冷房改造された115系の初期車ですね。

バス好きの方には左端に見切れてる国際興業バスと思われる、いすゞのバスも気になるのでないでしょうか。

f:id:okinawa-rail:20220201191745j:imageお待たせしまた、先ほどから何度となく出てくる特急「やまばと」2号です。
「やまばと」は上野と山形を結ぶ特急で、いわゆる「東北特急」ですが、東北新幹線が大宮暫定開業だったので福島まで新幹線を利用しても時間短縮効果は少なくて、大宮と福島で二度の乗り換えを強いられるので一定数の利用者が見込まれるとして東北特急がバッサリと廃止された82年11月ダイヤ改正でも下り2本、上り1本が残りましたが、新幹線が上野に乗り入れる85年3月ダイヤ改正では同じ理由で残ってた秋田行きの特急「つばさ」に吸収されて廃止されます。

f:id:okinawa-rail:20220201191944j:image
f:id:okinawa-rail:20220201192020j:image特急「やまばと」2号の後追いです。2枚目は限界まで拡大して遊んでみました。
対向して来る115系は休日運転の高崎線籠原行き9835Mだと思われ、この列車は撮影日が特定出来る要因の一つです。

f:id:okinawa-rail:20220201192411j:image新幹線リレー21号です。
新幹線リレー号については詳しく書いたので、ここでは左側の架線柱に掲げられた標識について説明しましょうか。
この標識は先頭車がこの標識を通過する際に前方の信号を見て喚呼する「信号喚呼位置標識」で、その下の数字は閉塞信号器の番号で運転士は「第8閉塞進行」と指差喚呼してる…はずです。
因みに前方が場内信号器なら[場]、出発信号器なら[出]となります。

話しを列車に戻しましょう

f:id:okinawa-rail:20220201192640j:image何気に初登場の京浜東北線です。
京浜東北線は横浜の桜木町と大宮を結ぶ路線ですが、正式な線路名ではなくて俗称で、桜木町~東京間が東海道本線、東京~大宮間が東北本線になります。この為東京駅で上下が入れ替わるので、大宮方面行きを北行桜木町方面行きを南行と呼んでます。
写真の103系が掲出してる行き先の南浦和は、大宮から4駅手前(85年当時)で浦和電車区があるので、入庫列車でしょうか。

f:id:okinawa-rail:20220201192831j:image上野行き574Mです。
この日撮影した115系では唯一の非冷房、デカ目の初期車なので、ピンボケが惜しいです。

f:id:okinawa-rail:20220201192925j:image
f:id:okinawa-rail:20220201193040j:image新幹線リレー18号です
新幹線リレー号はその名の通り新幹線との接続列車で、基本的には新幹線特急券を持った乗客しか乗れないとされてましたが、種別は快速なので青春18切符でも乗れるはずだと勝手に解釈して青春18切符で乗った事があります(笑)

f:id:okinawa-rail:20220201193151j:image京浜東北線南行です。
当日は川口駅に1時間20分ほど滞在しましたが、103系を撮影したのは、先ほどの南浦和行きとこの蒲田行きの2カットだけです。

やっぱり103系は空気なんですねぇ(笑)

因みに蒲田は川崎の一つ手前の東京都大田区の駅で、蒲田電車区があるので、こちらも入庫列車でしょうか。

余談ですが、名古屋の中央西線で走ってた103系は(81年12月 名古屋)
f:id:okinawa-rail:20220201193331j:imageその蒲田電車区から神領電車区に転入してきました。

まだまだ続きますが、蒲田行きで1本目のネガが終わってキリが良いので…ぶっちゃけ余計な事書きすぎ(笑)…続きは明日にでも書きましょう。

それでは。