今日の名古屋市の最高気温は27℃と4月とは思えない暑さでした
(気象庁ホームページより)
って、ブログ1ヶ月と21日ほったらかして何しれっと今日の天気の話ししてんだか(笑)
ブログほったらかしたのは、何かと書く暇がなかったからです。
それらを事細かく書くと長くなるので省略しますが、毎年恒例のお花見散歩が出来ないくらい暇がなかった事だけは書き添えておきます。
さて、今日は4月21日で、21日と言えば鉄道誌の発売日ですが、その中で鉄道誌の老舗と言っても過言ではない鉄道ジャーナル誌が今日発売の6月号をもって休刊してしまいました。
歴史ある鉄道誌の最終号なので入手困難で書店を何軒か回る覚悟をしてましたが、最初の書店で難なくゲットしました(笑)
因みに別件で何時も行く書店にも行きましたが、ここも平積み状態でちょっと拍子抜けしました。
そんな今日で休刊する鉄道ジャーナルですが、私が初めて購入した鉄道ジャーナルは
1977年4月号で、当時は小学校5年生でしたが、列車追跡がデビューしたばかりの名鉄6000系だったので
お小遣いの半分を一挙に使ってしまうのも構わずに購入したのを覚えています。
因みに当時購入した1977年4月号は書籍の状態が悪くなったので処分しましたが、今世紀になってから古書店で買い直しています。
中学生、高校生と進学するに連れてお小遣い額も上がるので購入頻度も増えて、社会人になると大人の経済力で毎月購入してました。
しかし、1991年頃から趣味の主軸鉄道よりも旅客機に移って、1992年からは完全に旅客機が主軸になっていわゆる休鉄したので、鉄道ジャーナル誌は購入しなくなりました。
休鉄したとは言え心の奥底には鉄の魂があるので、毎月21日の鉄道誌発売日には書店に行って鉄道誌を立ち読み(笑)内容が気に入ったら購入してましたが、その中には鉄道ジャーナルはなかったです。
あくまで個人的な見解ですが、鉄道ジャーナル誌には休鉄してる者が鉄道誌を立ち読み、内容を気に入って購入に導く魅力がなくなったのが衰退した一因ではないでしょうか。
鉄道ジャーナル誌は鉄道の将来を考える社会派を標榜してるだけに、鉄道会社の経済分析などの記事があってどうかすると経済誌を読んでる感覚に陥って趣味誌を読んでるとは思えなくなりますから。
書籍で休刊は廃刊に等しいです。
かつて鉄道ジャーナル社が発行していた「旅と鉄道」の様に一旦休刊した後に出版社が変わって復活するのもありますが、それは稀なケースなので、鉄道ジャーナル誌の休刊は、一つの時代が終わった気がします。
ところで、鉄道ジャーナル誌に掲載されてる写真は撮影の参考になる写真が多くて、自分が撮影した写真を見ると多分に影響を受けた物が多いです。

これらは個人的にジャーナルカットと呼んでます(笑)
このカットは
1980年9月号に掲載されてる写真の真似です(笑)
真似と言えばですが…
これは引退迫る82系気動車の特急南紀を紀勢本線の多気駅近くで撮影したのですが、この写真は鉄道ジャーナル別冊に掲載されてる
この写真を真似て撮影してますから(笑)
アンティークな信号棟に、腕木式信号器が素敵で同じアングルで撮りたいと遙々と多気まで行ったのですが、紀勢本線のCTC自動閉塞化でごく有り触れた三位式自動閉塞信号器に変わってたのでガッカリしましたね。
送別、鉄道ジャーナル…そんなタイトルだっけ?…ここまでお読み頂きありがとうございます。
最後にこんなエピソードで締めましょう。
名古屋駅11番線
これは初代ユーロライナー専用機のDD51 592で、この写真を撮影した日はユーロライナーのデビュー当日で、分かりにくいですが、後方では、ユーロライナー発車式が準備中です。
ユーロライナー発車式が行われるだけに鉄道誌が取材していてジャーナル誌のカメラマンさんも当然いるので、そのカメラマンさんにホーム上でウロウロしてる私がフォーカス(昭和語)されて、1985年12月号だったと思いますが、しっかり掲載されてました(笑)
その記念すべき1985年12号は処分してしまったので、古書店で探してきましょう。
それでわぁ~