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視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

日曜日 過去鉄…名古屋市電廃止から半世紀

今日の名古屋は黄砂で霞んでますが、まずまずの天気で、最高気温も25.2℃と夏日で暑かったですね。

さて、今日は2024年3月31日ですが、今から50年前の1974年3月31日は名古屋市電が廃止された日です。

正確には3月30日に営業運転を終了して、翌日の31日は廃止を惜しんで全線無料で開放されて77年の歴史に幕を下ろしました。

その無料開放された日に市電に乗りに行っていて、その時に写した写真のネガが発掘されたので、僅かですが「過去鉄、名古屋市電廃止から半世紀」としてそのカットを貼っていきましょう。

まずはこちらから
f:id:okinawa-rail:20240331172118j:imageピンぼけてますが、名古屋市電の主力車両の1400系で、傍らにいるのは8歳児の私です(笑)
私、小学校2年生の頃から一人でバスと電車乗り継いで親戚の家まで行ってましたが、流石に混雑した無料開放された路面電車に一人で乗りに行くのは無理があるので親と一緒に行ってますが、路面電車と一緒に写真を撮ってもらったなんて記憶になかったので、発掘された古いネガからこのカットを見付けてた際には心底驚きました。
f:id:okinawa-rail:20240331172414j:image酷いピンぼけですが、背景からおそらくは金山橋で市電に乗る前に撮ったようです。

車両は名古屋市電の名車1400系で
f:id:okinawa-rail:20240331174550j:image(Wikipediaより)
張り上げ屋根の均整がとれたスタイルは子供でも綺麗だと思ってました。

f:id:okinawa-rail:20240331172646j:imageこれまた酷いピンぼけですが後部運転席からの風景です。
これは場所がどこか分かりませんが、道路が広いので市道環状線のどこかだと思われます。
当日は金山橋から新瑞橋を経て港東通りまで乗ってるので、桜山町でしょうか。
f:id:okinawa-rail:20240331172958j:image後部運転台の窓をフレームにして、真鍮が鈍く輝くドラム式マスコンハンドルを入れてすれ違った市電を撮る……
まるでプロが撮るようなアングルで8歳児が撮影してるのですから驚きです。(笑)

まぁシャッターを切ったら偶然に撮れたんだと思いますけど、狙って撮ったんだとしたら自画自賛になりますけど、子鉄凄いです。

ところで、歩道にアーケードがあって道路が結構カーブしてるこの場所は何処でしょうかね。昭和の名古屋の街の貴重な風景だと思うのですけど……

このカット2020年にInstagramに投稿した際に桜山ではないか?とのコメントを頂きましたが、未だ判明してません。
東通りまで乗ってるので、新郊通り辺りかもしれないです。

って名古屋の土地勘が無い方にはさっぱりですね。

ごめんなさい。

でもこの後も名古屋の土地勘が無い方にはさっぱりです。

名古屋市電廃止時の路線は金山橋~沢上町~桜山町と大曽根の近く矢田町10丁目から市道環状線上を今池~桜山町~新瑞橋~笠寺西門~港東通と、市道環状線の大久手から分岐して安田車庫までだけで、その内乗車したのは金山橋~桜山町~港東通新瑞橋だったのは覚えています。

新瑞橋からは前日の30日に開通したばかりの(こちらも今年で半世紀です)名古屋市営地下鉄4号線に乗りました。
f:id:okinawa-rail:20240331173420j:image(1983年8月撮影)
この4号線は金山~新瑞橋名古屋大学~本山~砂田橋大曽根間の路線として計画されながらも永らく金山~新瑞橋間だけで、大曽根~名古屋港間の名城線の支線扱いで路線名もなかったんですよね。

しかし、20世紀末の2000年に大曽根砂田橋間が開通すると次第に路線を伸ばして2003年には名古屋大学まで、2004年には名古屋大学から新瑞橋まで開通して既存の路線と繋がり、大曽根~栄~金山~新瑞橋名古屋大学大曽根間の日本初の地下鉄環状線爆誕しました。
f:id:okinawa-rail:20240331173520j:image(Wikipediaより)

名古屋大学新瑞橋間の開通に際して路線名がなかった4号線にも路線名が付けらるのですが、先に書いたように環状運転するので、名城線と名付けられたので、従来名城線を名乗り、都市計画上でも大曽根~名古屋港間の2号線として建設された内の金山~名古屋港は支線扱いになり、路線名も名港線に改められてしまいした。
f:id:okinawa-rail:20240331173623j:image(Wikipediaより)

これ、金山~名古屋港間にしてみたら、路線名がなかった4号線に名城線の名を貸したばっかりに全線開通した4号線に路線名取られたんですから、“軒を貸して母屋取られる”ですよ(笑)

なんて哀れな……

とは言え名港線名城線が分岐する金山駅は2面4線で
f:id:okinawa-rail:20240331173654j:image
(Wikipediaより)
外側1、4番線の名城線に挟まれるように名港線(2、3番線)が入り、栄方に名港線が折り返す引き上げ線がある構内配線で1967年に建設されたので、計画時から金山~名古屋港は支線になる事が確定してたんですね。

ところで余談ですが、環状運転する路線は、東京の山手線や大阪の大阪環状線共々方面を“内回り”、“外回り”と呼んでますが、名城線は“右回り”、“左回り”と呼んでます
f:id:okinawa-rail:20240331173803j:image(Wikipediaより)
これ地下鉄だから外が見えないので内回り、外回りだと分かりにくいからだそうですが、右回り、左回りだと何を基準に右左を決めてるのか分からないので、余計に分かりにくいと思うのは、私だけでしょうか?

実際、環状運転が始まってから20年経てますが、右回りと左回りがよく分かってないです。

気が付けば路面電車より地下鉄名城線の話しの方が長くなってる「過去鉄、名古屋市電廃止から半世紀」を最後までお読み下さいましてありがとうございます。

最後くらいは路面電車の話しに戻してこちらを貼って締めましょう
f:id:okinawa-rail:20240331173857j:image写真集、名古屋を走って77年です。
名古屋市電廃止を惜しんで1974年に名古屋市交通局が発行した市電写真集で、
f:id:okinawa-rail:20240331173928j:imageモノクロ写真中心ですが、
f:id:okinawa-rail:20240331173945j:imageカラーページもあって至高の書籍ですが、価格が高くて子供の頃は買ってもらえる訳がないので、学校図書室で授業の合間の放課中(名古屋弁で休み時間の意)や、図書委員の立場を利用して、貸し出しカウンターの中で繰り返し見てました。

それから約20年後に金山駅にあった名古屋市交通局の案内所だったかで5000円で販売されてるのを見付けて、大人の財力に物言わせて秒で購入しました(笑)

以来大切に保管して、年1度程度風に当てるので購入してから30年経てますが、発酵…つまりカビ臭い…も進んでない良好な状態を保ってます。

この書籍、鉄道古書を扱うお店では定価以上の値が付いてたりしますね。

だからと言ってこの書籍を売るつもりは、この書籍のページの紙を構成してる分子一つ分も無いです!

それでわ~