気ままに、思いつくままに。

視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

火曜日 過去鉄…1984年7月敦賀第二機関区一般公開

今日の名古屋は朝から蒸し暑~い一日でした。

ここ数日の名古屋は北西からの乾いた熱風が吹くフェーン現象で馬鹿みたいに暑かったですが、風自体は乾いてるので、日影に入れば心地良いのですが、今日は風が湿ってるので、名古屋特有のジトッ~とした不快な暑さでしたね。

さて、そんな不快な暑さの話しはそこそこにして昨日のブログでもチラッと書いたインスタでの夏の大型企画の素材の有効活用の第1段として、「過去鉄、1984年7月敦賀第二機関区一般公開」をお届けしましょう。

まずは機関区一般公開についてざっくりと説明しましょう。

国鉄は逼迫してる財政状況を少しでも改善しようと増収策の一つで、1984年頃から全国各地の機関区で一般公開を開催して、名古屋から日帰りで行ける範囲の東海北陸地区では、福井県敦賀第二機関区、愛知県の稲沢第二機関区、滋賀県米原機関区、静岡県の浜松機関区で一般公開が開催されてました。

その増収策の一般公開は、財布から何人も渋沢栄一さんが出て行く高額な参加費用が必要な現代の機関区公開イベントと違って参加費用は一切なくて無料で公開してたので、遠方から列車に乗って来る来場者の運賃収入を見込んでの開催だったんでしょうね。

実際に私、敦賀米原、浜松機関区へは列車で行っていて、米原と浜松は青春18きっぷでしたが、敦賀機関区へは就職初年度で懐が豊かだった事もあって特急「しらさぎ」で行ってますから(笑)
f:id:okinawa-rail:20240806221554j:imageイメージで、実際に乗った列車ではないですが、撮影は1983年8月の名古屋駅なので、乗車した駅と季節は合ってます。

さ、前置きが長くなりましたね。さくさくっと進めましょう。

今回は珍しく写真だけでネガスキャンはほんの僅かですが、写真は原版が暗めにプリントされて写真の劣化も進んでるので全体的に汚い写真ばかりなのはご勘弁下さいまし。

あと、記事の構成の都合上撮影順ではない事もご承知おき下さいまし。

先ずはこちらから
f:id:okinawa-rail:20240806193426j:image横1列に並んでる展示機です。左側から
EF70 1001号機
EF70 36号機
EF70 1002号機
EF81 1号機です。
展示機は北陸本線電気機関車の基地らしくEF70がメインで、私が行った日は1次型、2次型、高速列車牽引用1000番台、EF81がランダムに並んでましたが、日によって違ってたようで、EF70 1001~1005号機が横一列に並んだ日もあったようです。
f:id:okinawa-rail:20240806193549j:imageお召し装備を施したEF70 36号機と寝台特急「つるぎ」のヘッドマークを掲出してるEF70 1002号機にEF81 1号機(右側)です。
「つるぎ」のヘッドマークが二種類あったのに気が付いたのは撮影から36年経た2020年だったりします(笑)
f:id:okinawa-rail:20240806193634j:image運転整備重量96トンの車体を来場者が押してます(笑)
何でこんな事してるのか40年前の事なので流石に覚えてませんが、この写真は撮影順では先の並びの写真よりも前に撮影してるので、おそらくは留置線の間隔が狭くて機関車のサイドが撮れないので、一旦並びの列より前に出して36号機を単体で撮影した後で列に戻してる最中ではないかと。
因みに、鉄のレールの上を鉄の車輪で走る鉄道車両は転がり抵抗が少ないので、96トンの車体でも10数名で押せます。

先にチラッと書きましたが展示機が並んでる留置線の間隔が狭くて横構図だと機関車全体が入らないので、この日は正面からの縦構図での撮影ばかりだったので、ここからは縦構図になります。

f:id:okinawa-rail:20240806211455j:imageEF70 1号機です。
交流電気機関車は粘着性能が高い(説明すると長くなるので、そういう物だと思って下さい)ので動輪が四つのD級でも動輪が六つの直流F級旧型電気機関車のEF15
f:id:okinawa-rail:20240806193838j:image(1986年8月沼津機関区 3両の内の左側がEF15)
と同等の牽引力を得る事が出来るので北陸本線敦賀電化開業時にはED70が製造されました。
f:id:okinawa-rail:20240806193951j:image(Wikipediaより)
しかし電化区間敦賀から先の福井へ伸びると、途中に出来た11.5‰の勾配が連続して、湿潤で常にレールが濡れてる全長13.8キロの北陸トンネル内では、単機での1000トンの貨物列車牽引は不可能で、重連にすると牽引力が過大になるので、単機で1200トンまで牽引可能な機関車として開発されたのがF級のEF70です。

EF70は1961年から製造された1次型と1964年から製造された2次型、その2次型から改造された高速列車牽引用の1000番台の三つのタイプがあり、1次型は同じ時期に製造された直流機のEF61と
f:id:okinawa-rail:20240806221948j:image(1982年11月名古屋)
似たスタイルでヘッドライトは白熱灯1灯式でした。
日本海」のヘッドマークを付けて展示されてますが、「日本海」は1000番台が牽引してたので、これは機関車展示会特有の“なんちゃって牽引機”だと思われます。

ところで、敦賀機関区の一般公開へは1984年7月28日に行ったと思ってるのですが(開催期間は7月25日~29日)インスタグラムに投稿された1984年7月28日に敦賀機関区で撮影されたEF70 1号機のお写真や、このブログを書くのに参考にしてる鉄道ファン誌1997年4月号に、1984年7月28日に敦賀機関区で撮影されたEF70 1号機の写真が掲載されてるのですが、それらには「日本海」のヘッドマークは掲出されてないのですよ。

敦賀機関区に行ったのは29日だったのかな?

流石に40年も経てると記憶が曖昧になってます。

EF70は当初は北陸トンネルを含む田村~福井間の貨物列車用で、北陸本線全線の旅客列車と福井以遠の貨物列車はEF70のD級版と言えるED74(使える写真がないです)が牽引する計画でしたが、北陸トンネル開業後の北陸本線の輸送量が予想以上に増えて輸送単位が1200トンに引き上げられたので、機関車を使い分けるよりEF70を北陸本線全線で使用した方が得策と判断されて、1964年から増備された2次型ではヘッドライトがシールドビーム2灯式になり、車体側面のフィルターの形状も変更されたので、車両形態が大きく変わりました。

f:id:okinawa-rail:20240806211701j:imageそんな2次型のEF70 36号機です。
お召し装備が施されてる36号機は1968年の福井国体で実際にお召し列車を牽引してるので、機関車展示会特有のなんちゃってお召し列車牽引機じゃないです。

f:id:okinawa-rail:20240806211809j:imageEF70 1001号機です。
20系寝台車による寝台特急日本海」牽引用として2次型の22~28号機が、20系寝台車牽引対応改造を施した1000番台1001~1007号機に改番されて、ナンバープレートがブロック式に変更されたので、顔の印象が変わりました。
因みに原版は縦構図ですが、小さく写ってるので、余分なところをカットしたら横構図になりました(笑)

f:id:okinawa-rail:20240806212357j:image新大阪~長崎、佐世保間の関寝台特急「あかつき」ヘッドマークを付けた50号機
f:id:okinawa-rail:20240806212425j:image新大阪~都城間の寝台特急「彗星」のヘッドマークを付けた54号機
EF70は九州ブルトレとは無縁に思えますが、北陸本線は直流電化区間に挟まれてるので、交直流電気機関車EF81の台頭(あとで出てきます)によりEF70の存在が脅かされて、余剰になった21両が門司機関区に転属して、九州内でブルートレインも牽引してるので、九州ブルトレとは立派に縁があるので、機関区一般公開ならではの“なんちゃって九州ブルトレ牽引機”ではないです。
f:id:okinawa-rail:20240806212536j:image「かもめ」のヘッドマークを付けた55号機です。
「かもめ」は現在では西九州新幹線の列車ですが、西九州新幹線開業前は博多~長崎間の九州特急で、こちらが有名でしたが、元は1953年に運転開始した京都~博多間の昼行客車特急で、このヘッドマークはその昼行客車特急時代の「かもめ」が掲出してたヘッドマークですね。
f:id:okinawa-rail:20240806212657j:imageなんともど派手なヘッドマークを掲出してる2次型EF70(ナンバー不明)です。
ヘッドマークに書かれてる文字から加賀温泉駅開業時に運転されたと思われる急行加賀号のヘッドマークでしょうか。

因みに加賀温泉駅は1970年に開業してるので、このヘッドマークは24年間ビニールを被せて保管してたのでしょうかね。

先にチラッと書きましたがEF70はEF81の台頭で余剰になり、撮影した1984年7月の時点で北陸本線に残った60両のほとんどが運用から外れてるので、九州ブルトレヘッドマークを掲出して展示されてるEF70の脇には、廃車解体待ちのEF70が列を成して留置されてます。

ここからはそのEF70の存在を脅かしてるEF81です。

EF81は直流1500ボルト、交流50/60Hz2万ボルトの3電源を、スイッチ1つの切り替えで走れる万能型の交直流電気機関車で、1968年にデビューして富山機関区に配置されて、交流電化区間と直流電化区間を跨いで金沢~新潟間で運用が始まり、関西から北陸方面への短絡線となる湖西線が直流電化で開業すると、敦賀第二機関区にも配置されて寝台特急日本海を牽引してEF70をブルトレ牽引から引きずり下ろして、他の急行や貨物列車も続々と牽引して北陸本線の主力機関車になりました。
f:id:okinawa-rail:20240806212918j:image西日本地区の機関区一般公開の展示機の定番と言える「サロンカーなにわ」のヘッドマークを掲出したEF81 111号機
f:id:okinawa-rail:20240806212946j:image湖西線開業10周年メモリアルトレイン」のヘッドマークを掲出したEF81122号機
f:id:okinawa-rail:20240806213016j:image
111号機と122号機の並びを横構図で
f:id:okinawa-rail:20240806213106j:image何もヘッドマークを付けてないEF81 122号機……
ってこれ、「湖西線開業10周年メモリアルトレイン」の反対側ですね、今気が付きました(笑)

ところでEF81の色がくすんだ赤色ですが、これは原版が劣化してるので補正しきれないからで、本来は美しいローズピンクです。
f:id:okinawa-rail:20240806213252j:image1984年1月3日敦賀駅
同じ1984年の写真なのに敦賀機関区での写真は劣化が酷い。
定着液の質の違いか?

EF81はEF70と違って現役機で、おそらくは仕業の合間を縫って展示されてると思われますが、そんな展示機でも来場者がステップに乗って撮影してるのが凄いです。
f:id:okinawa-rail:20240806213343j:imageステップに乗ってるのはもちろん私ですが、撮影から40年を記念して顔は画像処理無しの全世界初公開です。

若い!
細い!!
髪の毛いっ~ぱいある!!!←これ最も重要(笑)

f:id:okinawa-rail:20240806214212j:image一般公開エリア外の通常業務の敦賀第二機関区です。
一般公開エリアとは違う光景を撮るのも機関区一般公開での基本ですね。
それにしてもEF70が完全に引退するのは1985年3月ダイヤ改正なので、稼働機が通常業務エリアにいても良いのに、いるのはEF81ばかりなので、EF70の稼働機は僅かだったんですね。

相変わらず余計な事を書き過ぎて長くなった、「過去鉄、1984年7月敦賀第二機関区一般公開」ここまで我慢してお読み頂きありがとうございます。

最後はこちらの3枚で締めましょう。

f:id:okinawa-rail:20240806214311j:image
f:id:okinawa-rail:20240806214330j:image
f:id:okinawa-rail:20240806214346j:image展示機との記念撮影で、写ってるのは当日現地で合流した(と言うか行っら居た)友人達で私以外は顔出しNGなので画像処理しました。

今では考えられませんが、当時の機関区一般公開では展示機は規制ロープで囲われてなくて自由に近付けて、多分許可を受けてると思いますが、展示機のステップに乗って記念撮影も出来ました。

この頃は展示機のステップに乗って記念撮影しても邪魔だ!と怒号が飛び交う事がなかったので実に平和でしたね。

ところでこの写真、誰に撮って貰ったんだろう?

国鉄職員かな?

それでわ~