気ままに、思いつくままに。

視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

水曜日 日付ネタ…EF62の日

今日も梅雨の中休みでちょっと暑い日でしたねぇ。

えっとですね、今日は一昨日の続きでJALドリームエクスプレス21 後編にしようかと思いましたが、今日は6月2日なので、急遽日付ネタでEF62の写真を貼っていきましょう。


EF62は国鉄最急勾配の碓氷峠をEF63とタッグを組んで通過しつつ、信越本線全線で本務機として走行可能な機関車として1962年に登場しました。

しかし国鉄貨物輸送の大改革が断行された1984年2月のダイヤ改正碓氷峠を越える貨物が廃止されたので、約半数近くが中央高地を下りてEF58に変わって東海道山陽本線の荷物列車牽引機になりました。

 

それではそんなEF62の姿を紹介しましょう。

例によって写真スキャンとネガスキャンの混合なので、画質にバラ付きがあるのはご了承下さいまし


f:id:okinawa-rail:20210603015944j:image1985年7月の名古屋駅3番線です。

荷物36列車が停車中で荷物の積み下ろしをしてるのですが、このホームは荷物36列車発車後に季節臨時の長野行き急行「きそ」が入線するので、「きそ」を待ってる乗客を入れて撮ってみたのですが、EF62が「きそ」を牽引して入線してるようにも見えます。

因みに急行「きそ」は165系の10両編成で、私はそれに乗るので、入線時は乗客の列の中にいたから、写真はありません。

その列の中から望遠で撮影した荷物36列車のEF62です。
f:id:okinawa-rail:20210603020038j:imageこうして見ると、EF62は中々のイケメンじゃないですか。

あれ?これなら急行「きそ」も撮れたのでは?(笑)


中央高地をのんびりと走ったEF62には東海道山陽本線の長距離高速走行は酷だったようで、荷物列車牽引機就任当初は故障が頻発しましたが、就任から2年も経れば目立った故障も収まり涼しい顔で、東海道山陽本線を走ってました。

そんな姿を捉えたのがこちらです
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1986年8月忘日に東海道本線由比駅を颯爽と通過する荷物列車ですけど、運転室に何人乗ってるのでしょうか(笑)


EF62は東海道山陽本線で荷物列車牽引の日々を送る傍らで団体列車も牽引してたようです
f:id:okinawa-rail:20210603020228j:image名古屋駅で撮影してるのですが、これ撮影した記憶が全くありません(笑)
古いネガを見てて見付けましたが、ネガ袋にも撮影年月が記入されて無いのですよ。

で、ヘッドマークに書かれてる大船工場開設40周年記念の文字から、撮影は1985年ではないかと思われます。

大船工場は1945年開設ですからね。

因みにこのEF62が名古屋まで牽引してたのはヘッドマークの文字から、大船工場開設40周年記念の下呂温泉への団体列車のようです。

 

荷物列車や団体列車を牽引して充実した日々を過ごして彼らにまたもや国鉄改革の波が押し寄せます。

それは1986年11月の国鉄最後のダイヤ改正での荷物列車廃止です。


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荷物列車廃止まで1ヶ月に迫った10月忘日に名古屋駅で撮影しましたが牽引してる荷物車は僅かに4両で、EF62もどこか寂しげな表情を浮かべてます。


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中線に大垣電車区165系が入線しましたが、荷物列車は編成両数が短いので、165系に隠れてしまいました。


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f:id:okinawa-rail:20210603020528j:image165系に別れを告げて出発する荷物列車です。

ネガスキャンなので色が出てませんが、2枚目は編成の短さと相まって哀愁が漂ってません?

 

さて、独特のC-C配置の動輪を持つEF62の威風堂々としたサイドビューですが
f:id:okinawa-rail:20210603020639j:image86年10月名古屋駅

その姿とは裏腹に、彼らは波瀾万丈な車生を送ってきました。

1984年4月からそれまでのEF58やEF61に代わって東海道山陽本線の荷物列車牽引の任に就いたのですけど、その為にゴハチを追いやった憎い奴としてファンからは嫌われ、EF62が高速走行する際に独特のC-C配置の動輪が軌道に悪影響を与えたのか、保線現場からも嫌われたりと散々な扱いをされましたけど、彼らにしてみればそれらは決して本意ではないんですよね。

貨物輸送の大改革が断行された84年2月改正で信越本線の貨物が廃止されたので山を下ろされて、新たな職場の東海道山陽本線では慣れない高速走行を強いられて故障が頻発、それらが収まり漸く東海道山陽本線の荷物列車牽引に慣れたら86年11月改正で荷物列車が廃止されて職を失った、国鉄改革の波に翻弄された哀れな機関車だったりします。


下関機関区の26両のEF62は国鉄最後のダイヤ改正での荷物列車廃止後は余剰車となり、JRに継承されずに国鉄と共に引退し静かにフェードアウトしていきました。

せめてもの救いは国鉄清算事業団所有時に瀬戸大橋開業前の試験で1000トン列車に組み込まれて瀬戸大橋を渡れた事でしょうか。


緊急企画EF62の日、最後までお読み頂きありがとうございました。


今月はEF63の日、EF64の日、EF65の日、EF66の日と続きますが、それらを全てて記事にするかは未定です。

なので、期待しないで下さいな。


それでわぁ~