気ままに、思いつくままに。

視聴したアニメの感想を気ままに書き綴ってるアニメブログでしたが、最近は鉄道や夕焼けの話題ばかりです。

月曜日 横軽EF63撮影記…1986年編

今日は久しぶりに朝から晴れて暑かったですねぇ。

蝉が何時の間にか鳴き始めて、朝はちょっと五月蝿いくらいです。

でもまだ梅雨明けはしないそうです。


さて、先週金曜日は10年前にタイムスリップして(笑)信越本線横川駅でのSL碓氷号の撮影記https://okinawa-rail.hatenablog.jp/entry/2020/07/17/223319を書きましたけど、横川駅での碓氷号と言えば碓氷峠のEF63なので…強引に結び付けてます…そのEF63の撮影記を書きましょうか。


先ずは碓氷峠とEF63についてざっくり説明しますと、碓氷峠信越本線の横川~軽井沢間にあった峠で、麓の横川の標高が約380メートルに対して頂上側の軽井沢の標高が約940メートルなので標高差約560メートルを11kmで一気に登るので、最急勾配66.7‰…1000メートル進む間に66.7メートル登る…が存在する国鉄屈指の急勾配な峠でした。

そんな急勾配ではパワーがある電車でも自力では登り降り出来ないので、それをサポートするのが急勾配を通過するのに特殊装備を施した電気機関車がEF63です。

峠を通過する電車はそのEF63重連の後押しを受けて、あるいは自らは無動力で後ろからEF63のパワーだけで押し上げられて峠を登り、下る際にはEF63の強力なブレーキを借りてゆっくりと下りる、若しくはこれまた自らは無動力でEF63に牽引されて下りてくるのですが、その姿は多くの鉄道ファンを引き付けて、必ず一度は横軽…横川~軽井沢間の愛称です…を訪れると言っても過言ではないくらいです。


そんな横軽には都合3回行っていて、始めて行ったのは1986年の7月でした。


この時は上越線で走ったEF55の復活運転のついでに立ち寄っただけで、それに加えて始めての場所だったので、勝手が分からずに中途半端な場所での撮影になってしまいました。


それではお待たせしました、その中途半端な場所で撮った写真を貼っていきましょう。

プリントとネガからの復活写真が入り交じってる…綺麗なのがプリント、汚ないのがネガからの復活…ので、色調に纏まりが無い事だけはご承知おき下さいませ。


EF63のサポートを受けて峠を下りて来た189系特急「あさま」です。f:id:okinawa-rail:20200721005013j:plainf:id:okinawa-rail:20200721005047j:plain
189系はEF63からの指令を受けて制御器が動く協調運転機能があるので、EF63のサポートを受けつつ自らも自動車のエンジンブレーキに相当する抑速勾配ブレーキをかけて峠を下りて来ました。


軽井沢へ向けて横川を出発した169系の急行…軽井沢か信州…です。f:id:okinawa-rail:20200719220306j:plain

169系はEF63との協調運転機能を始めて備えた電車で1968年に登場しました。

それまで碓氷峠を通過する電車は無動力で8両までに制限されてましたが、協調運転機能を持った事でEF63からの指令で電車のモーターも動かせるので、編成両数が12両まで増えて輸送力が向上しました。


臨時の急行かか団体列車かは分かりませんけど、12系客車列車です。
f:id:okinawa-rail:20200721005245j:plain碓氷峠は客車列車も通過するのですが、峠を下りて来る列車は客車を牽引する機関車EF62の前にEF63の重連が連結されるので、3重連となり、格好の被写体になります。

そんな格好な被写体なんですけど、写真が残って無いのですよ。


何で?


ところで、客車を牽引する本務機EF62は信越本線全線で運用出来る機関車としてEF63と共に開発製造されましたが、1984年2月に断行された貨物列車の改革で、碓氷峠を通過する貨物が廃止されたので、約半数が信越本線での職を失い、山を下りて老朽化が進んでたEF58の代わりに東海道山陽本線の荷物列車牽引に就きました。f:id:okinawa-rail:20200721005350j:plain
1986年10月 名古屋


話しを横軽に戻しましょう。


EF63に牽引されて山を下りて来た新前橋電車区165系です。f:id:okinawa-rail:20200721005438j:plainf:id:okinawa-rail:20200721022531j:plain2枚目は大幅にトリミングしてあります。

165系には協調運転機能が無いので無動力になるので、編成両数は8両までに制限されますけど、流石に3両だけだと絵になりませんねぇ。



489系の特急「そよかぜ」です。f:id:okinawa-rail:20200721012322j:plainf:id:okinawa-rail:20200721012414j:plainf:id:okinawa-rail:20200721012505j:plain
489系は485系に169系と同じ協調運転機能を付加した車両で、1971年に登場しましました。

この車両も最大12両編成まで通過可能なので、信越本線の輸送力は格段に向上しました。

489系は485系のマイナーチェンジの時期に製造されてるのでクハの総製造両数は28両と少ないながらも非貫通タイプの他にボンネットタイプf:id:okinawa-rail:20200721005649j:plain
85年8月 名古屋

貫通タイプf:id:okinawa-rail:20200721005711j:plain
83年8月 名古屋

の3タイプがあります。



ここまでは横川駅から程近い場所で撮影してたのですが、次なる撮影目的である上田交通…現、上田電鉄…別所線の丸窓電車を撮る為に上田に向かうのですが、その途中で熊の平信号所に向かいました。

熊の平信号所は横川~軽井沢間が単線アプト式…説明すると長くなるので、アプト式部分をクリック、若しくはタップしてはてなブログタグを見て下さいませ…時代に列車の交換と機関車の休息目的の駅があった場所です。


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いきなり何か分からない写真ですけど、これ、サロンエクスプレス東京を使用した特急「サロンエクスプレスそよかぜ」です。


熊の平信号へ通ずるトンネルを抜けたらいきなり来たので、慌てて撮ったのでしょうねぇ。


この熊の平信号所は上下線の間隔が広くて構内が適度にカーブしていてロケーションは良いのですが、あくまで国鉄が管理してる信号所なので一般の立ち入りは禁止されてる…撮影禁止の看板もありました…ので、峠を下る115系を2カット撮影しただけで、そそくさと引き上げてます。f:id:okinawa-rail:20200721010057j:plainf:id:okinawa-rail:20200721010150j:plain


じゃ何で行ったん?


以上が86年の撮影記で、次なる撮影は88年になりますけど、流石に長くなりすぎたので、また明日にでも。


それでは。